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      <title>にゃんこ＆散策</title>
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      <description>面白猫動画特集と散歩でどこまでも</description>
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         <title>宇宙の法則</title>
         <description>オステオパシー医として仕事をすることは、その法則を人間に応用することを意味しています。


・・・だからこそ、オステオパシー医は病のもっとも深い原因にまで分けいることができるのです。


ここは、その思想の一端を説明するための試みです。


オステオパシーは思想であると同時に、アートでもあります。


アートとは、なんらかの活動をするための技量または力です。


また、オステオパシーは科学でもあります。


科学とは、自然および物質界にかんする秩序だった知識です。


オステオパシーはひと粒のタネが育つように育ってきました。


はじめに、それは土壌つまり社会に根をおろしました。


つぎに、土壌をつき破って、政府の認知を得ました。


タネは土壌をつき破り、芽をだし、茎をのばしたのです。


いまこそオステオパシーが成熟し、花を咲かせるときです。


その思想・アート・科学が健康の促進・病気の予防・病気の自然な療法にもとづいている以上・・・


オステオパシーは今後思うぞんぶん花をひらかせる医学になると、わたしは信じています。


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         <pubDate>Fri, 06 Jan 2012 11:53:28 +0900</pubDate>
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         <title>医療の手法　2</title>
         <description>ところが、少数派に支えられていた伝統的なオステオパシー医学が成熟してくると、事情はさらに一転し、多くの学生たちが、このすばらしいやりかたで手技を使ってみたいと望むようになってきました。


なによりもうれしいのは、伝統的なオステオパシーの原点にもどり、薬剤で患者を治すよりも手技で治したいという若い医師たちがふえてきたことです。


・・・もちろん、すべてのオステオパシー医がわたしと同じ考えであるわけではありません。


そのことは忘れないでいただきたいのです。


しかし、心強いことに、わたしの考えに共感してくれているのは年配者よりむしろ若い医師たちであることもまた事実なのです。


わたしはオステオパシーの未来はあかるいと信じています。


なぜなら、宇宙は特定の法則によって運行しており、その法則はまた、ある思想となって結実しているからです。


オステオパシーにも宇宙の普遍的な法則を反映した思想があります。


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         <pubDate>Tue, 06 Dec 2011 11:53:03 +0900</pubDate>
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         <title>医療の手法</title>
         <description>わたしの医院では患者が押しよせるようになりました。


多すぎて、共同で診察室を借りていた若い医師にまわさなければならないほどでした。


わたしの人生の勲章といえば、いうまでもなく、患者からのうれしい便りです。


毎週のように、わたしの治療に満足してくれているらしい人たちからの手紙や葉書がとどきます。


自分が診た患者がよろこんでくれている、それがわかったときほどうれしいことはありません。


オステオパシーは長年、公式な認知を得たいという政治的な強迫観念にかられていたせいか、アロパシー医学と張り合い、それをまねしてきました。


オステオパシー医が西洋医と同じになれば認知度も高まるというのが理由でしょう。


その戦略はみごとに的中しました。


しかし、わたしの仲間たちは道をまちがえてきました。


オステオパシーは手技の訓練を軽視しはじめ、わたしのころにくらべると、学生たちに要求される技能水準もかなり低下してきたのです。


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         <pubDate>Sun, 06 Nov 2011 11:52:04 +0900</pubDate>
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         <title>虚構のシステム　4</title>
         <description>ちょうどそのころ人気が高まってきた番組に、大金をかけたクイズ・ショーがありました。


CBSの『6万4000ドルのクイズ』です。


広告主は化粧品のレブロン社でした。


この番組が大当たりしたおかげで、レブロンは商売仇の「ヘイゼル・ビショップロ紅」を追い落とすことができたばかりか、自社の「リビングロ紅」の売れ行きを何倍にも高めた。


視聴率のほうもぐんぐん上がって、最高時には85%に達しました。


『6万4000ドルのクイズ』は「テレビの歴史で一番真似された番組」といわれました。


CBS自身、二番煎じの『6万4000ドルの挑戦』をさらに加えます。


ライバルのNBCも『21』でこれに対抗しました。


しかし、これらクイズ番組の狂熱にも、冷水がかけられるときがきたのです。

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         <pubDate>Mon, 31 Oct 2011 11:29:53 +0900</pubDate>
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         <title>虚構のシステム　3</title>
         <description>「アメリカン」というべきところは「合衆国」であり、「ラッキー」というところは「幸運」でなければなりませんでした。


半面では、製品の差別化にきびしいスポンサーは、「番組の差別化」にきびしいものもありました。


たとえばマクスウェル・ハウス・コーヒーは、『アイ・リメンバー・ママ』ではドラマをとぎれないようにするため、広告の挿入を本篇の前と後だけに限って、作品を大事にしました。


アルミニウムのアルコア社は、テレビ時事解説者として名高いエドワード・R・マーロウの『シー・イット・ナウ』のスポンサーでした。


1954年にマーロウが「赤狩り」の推進者マッカーシーに挑戦したときに、アルコア社は、


「ニュースに影響力を行使することは、スポンサーにとって適当とは思わない。マーロウ氏のショーだ。


彼が提供しなければならないものを、わたしたちは買っているのだ。


わたしたちは、わが社のコマーシャルを提供したいと思っている視聴者・・・


それも一定の視聴者を惹きつけることを彼に望んでいる」


・・・と見識を示しました。


しかし、この会社も翌年マーロウがCBS内外の圧力を受けて窮地に追いこまれたときには、契約の更改に応じませんでした。

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         <pubDate>Sun, 11 Sep 2011 11:28:53 +0900</pubDate>
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         <title>虚構のシステム　2</title>
         <description>1955年の10月に1週間のネットワークのショー844時間のうち、半分だけが自局のもので、あとはスポンサーに牛耳られました。


こうして番組のタイトルにはスポンサーの名がつき、その内容も広告主が決定するようになりました。


このため、視聴者に過度の興奮を引き起こしたり論争を招いたりする番組は、それだけ広告主のイメージを落としめたり、そのコマーシャル・メッセージを伝えそこなうことになるので、敬遠されるようになります。


したがって、毒にも薬にもならぬ番組が横行しがちとなります。


映画とちがって、テレビはスターはそれほど重要ではありません。


スターよりもスポンサーの売る商品が大切なのです。


コメディアンのグルーチョ・マルクスは、


「いまではスポンサーが糸をあやつり、わたしたちはあやつり人形なのだ。


ラジオやテレビのアナウンサーは嘘つきでなければつとまらない」


・・・とこぼしています。


あるたばこ会社の提供する番組では、「アメリカン」と「ラッキー」という言葉は禁句となっています。


・・・というのは、その会社の競争相手がアメリカンタバコ社であり、その製品が「ラッキー・ストライク」だからです。

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         <pubDate>Wed, 31 Aug 2011 11:28:13 +0900</pubDate>
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         <title>虚構のシステム</title>
         <description>テレビは最盛期のハリウッドが制作する映画の400倍を超える時間の娯楽番組を、毎年流さなければなりません。


しかも、毎週25ないし30時間の夕方の「ゴールデン・アワー」を、1本あたり22万ドルから50万ドルの費用をかけて、50本から75本の番組で埋めることになります。


こうした巨額の費用をまかなうのが広告収入です。


NBCのロバート・キントナーが1960年にいっているとおり・・・


「(テレビ番組に対する)究極的責任はわたしたちにあるのですが、最終的権能はスポンサーのものでなければならない。


というのは、スポンサーなしには放映網を運営していけないからである」。


・・・同時にネットワークの広告収入は、スポンサーが提供する番組をどれだけの人が視聴するか、つまりどれだけ視聴率が高いかに依存しています。


したがって、テレビの初期から広告主と広告代理店がテレビ番組に介入し、支配するようになりました。

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         <pubDate>Sun, 31 Jul 2011 11:26:47 +0900</pubDate>
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         <title>優れた交通網をもつウォーターフロント　3</title>
         <description>これからの課題は中央環状線の西半分を完成させることです。


これは都区内の環状6号線(通称山手通り)を利用して建設中です。


これが完成すれば、中央高速道路や東名高速道路から東京港の埋立地域には都心を通らないで到達できることになります。


つまり完成された中央環状高速道によって、湾岸地域、特に東京港臨海地域は都心部を通ることなく、迂回して、しかも性能の良い道路で関東地方の内陸部と直結できることになります。


東京湾岸道路が近いうちに強化される他に、誰もそこに先住者がいないという埋立地の特性を利用して、現在、その高速道路のさらに海側に第二番目の湾岸道路をつくることが行政のなかで真剣に検討されています。


そのための土地の手当てもかなり出来てきています。


いまのところこの第二東京湾岸道路の計画は、千葉県の船橋付近から東京湾の中央防波堤付近を通り大井埠頭に達する、東京港を中心とした迂回路の計画となっています。


しかし将来この道路はさらに千葉市の方に延びてゆく可能性もあります。


そうなれば東京湾の埋立地は、すでにある非常に優れた第一の湾岸道路と、もう一つそれに匹敵する2番目の湾岸道路という、2つの高性能の道路を利用できることになります。

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         <pubDate>Fri, 24 Jun 2011 10:50:54 +0900</pubDate>
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         <title>優れた交通網をもつウォーターフロント　2</title>
         <description>357号線が完成すれば湾岸道路を補助する重要な機能を備えます。


この2つの道路は一見、1つの道路のように見えます。


その幅員は100メートルにおよぶでしょう。


道路幅員が100メートル、その車線数が14にもおよぶという道路は日本全体でも大阪の外郭環状道路を除いてはありません。


湾岸道路はいまのところ幕張から羽田までしか通じていません。


しかし、ここ数年のうちに、羽田空港が拡張されると旅客ターミナルの真中を突き抜け、川崎の日本鋼管製鉄所の前を通って、横浜港に最近完成した素晴らしい横浜港横断橋を通り、横浜の貨物ターミナルまで片道3車線の高速道路が完成します。


今のところは、この道路の羽田から横浜問が開通していないために、京葉地域と京浜地域をゆきかう自動車は湾岸道路からすでにある首都高速道路に乗り入れています。


そのために羽田から横浜にかけて、首都高速道路は大変混雑しています。


しかし羽田空港の拡張工事が完成する頃には、この混雑状況はかなり改善されるでしょう。


さらに取り上げたいことがあります。


現在首都高速道路の中央環状線の東半分は完成しました。


この道路は湾岸道路と常磐高速道および東北高速道を荒川に沿って結びつけています。

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         <pubDate>Wed, 04 May 2011 10:49:46 +0900</pubDate>
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         <title>優れた交通網をもつウォーターフロント</title>
         <description>この見方は単に港湾に土地をもつ当事者だけではなく、それ以外の自治体や企業からの要請としても浮ぴあがってきました。


港湾地域に土地を所有する主要な民間の企業は、メーカーと倉庫業です。


しかし彼らはその仕事の性格柄、その土地が工場や倉庫以外に使えるとは考えてもいませんでした。


そこへ信託銀行や商社や不動産業者が、「あなたの土地はそんな土地ではない、うまく使えば非常に良くなる土地だ」、という誘いを投げかけてきていました。


そういうことがこの数年の間に、港湾地域の土地の地価高騰の大きな理由になったのです。


このウォーターフロントが新しい住宅と就業の場になるというもう一つの理由は、優れた交通網をそこにつくれるというところにあります。


東京大都市圏のなかで一番立派な道路はどこにあるかというと、それは東京湾岸道路です。


この湾岸道路は片道3車線の道路です。


幅員はほぼ40メートルくらいでしょうか。


しかしその両側をはさんで、国道357号線が走っています。


この国道と湾岸道路との間にある部分をうまく使えば、将来湾岸道路は片道4車線道路になる可能性もあります。

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         <pubDate>Sun, 24 Apr 2011 10:48:45 +0900</pubDate>
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         <title>各国のウォーターフロント　3</title>
         <description>土地の所有権が細分化され、権利関係が複雑な既成市街地のなかで数多くの地主を説得して住宅をつくるとなれば、膨大な時間と費用がかかります。


比較的土地の取得が容易な丘陵地の山林を開発するとしても、そこに介在する農地を宅地に変えてゆくのは、行政上農林省との折衝で、これまた大変な時間がかかるのです。


それに比べてウォーターフロントであれば、地主はだいたい役所か大企業で、それも地主の数は極めて少ないものです。


そういう点では、ウォーターフロントに土地をもっている会社や公共企業体を説得して住宅をつくることは、内陸部に比べて容易です。


自分達の会社や自治体にとっても利益になると彼らが納得すれば、新しい住宅地がすぐにできます。


土地の所有関係が単純で、一人の地主が大量の土地をもっているという埋立地の特質は、住宅を供給する公団や公社からみて、あるいはオフィスや商業施設をつくろうとする不動産会社からみても、大変魅力があります。


そこで、この港湾用地をただ貨物の積み卸し場としてだけに使っているよりも、より高度利用の土地・・・


つまり海岸に新しい都市をつくるための業務・商業・住宅の用地にしようという見方が強くなりました。

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         <pubDate>Fri, 04 Mar 2011 10:47:57 +0900</pubDate>
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         <title>各国のウォーターフロント　2</title>
         <description>造船の機能は大都市から地方に移していきます。


造船業は工場を集約し、都心部の工場を他の用途に使う試みをする必要があります。


倉庫業も今までの形態では土地の使い方がもったいないでしょう。


ただ原材料を積み上げてある倉庫はそれほど必要ではなくなりました。


冷蔵や冷凍専用の倉庫、あるいは自動的に荷物を分類整理できる倉庫が今後増えてゆくでしょう。


そしてその立地場所も現在都心部に接している古い埋立地から、新しい埋立地に移ってゆくかもしれません。


貯木場でも将来は製品化された木材が輸入されるにつれて、不用になる部分が出てくるでしょう。


木場の製材工場もその用途転換を考えてゆく必要があるでしょう。


他方、ウォーターフロントを積極的に住宅地に転用しようとする考え方が、これらの地主以外のところから唱えられるようになりました。


東京圏の住宅問題を重視する中央政府が特にそのことを主張しています。


都心部に住みたいという、住宅に悩む庶民の訴えに応えるためには、大量にかつ安い値段ですみやかに住宅が供給されなければなりません。

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         <pubDate>Thu, 24 Feb 2011 10:47:20 +0900</pubDate>
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         <title>各国のウォーターフロント</title>
         <description>ウォーターフロントに土地をもっている人達にとって、それらの土地の値段は下っていません。


むしろ上昇しています。


そこを早急に処分しなければならないわけでもないし、そこを投げ売りして、少しでも他の資産に移し替えなければならない場所でもない・・・。


あいた土地があっても、単に将来最も利益を得る方法を探しているためにあいているのであって、転用するための需要がないということではありません。


したがって、空地であってもその維持管理は欧米の港湾地区とは比べものにならないくらい厳重です。


東京のウォーターフロントの方が、ニューヨークやロンドンのウォーターフロントに比べて格段に土地利用や維持管理の状態は健全です。


しかし、そうかといってまったくその土地利用に問題がないわけではありません。


欧米の場合のように、完全に放置されて困っているのではないとしても、その利用の状況や内容が東京全体の立場からみると時代遅れになってきていることは確かです。


第二次産業に特化していた埋立地の土地利用を、より現代社会が要請する土地利用に変えてゆかなければなりません。

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         <pubDate>Fri, 04 Feb 2011 10:46:30 +0900</pubDate>
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         <title>都心が分散すると・・・　2</title>
         <description>業務核都市の育成とか多心型都市へ東京を変えるといっても、すべてがうまくゆくわけではありません。


このような副作用が新しく都市問題としておきてくることは、覚悟しておくべきでしょう。


なぜわたしたちがウォーターフロントに目を向けているのか、この重要な問題を考える糸口として、諸外国の例を見てみましょう。


ヨーロッパやアメリカのウォーターフロントと、東京湾や大阪湾のウォーターフロントとが、同じような次元で語られることがよくあります。


実は外国のウォーターフロントと日本のそれらとでは大きなちがいがあります。


ヨーロッパやアメリカ、たとえばロンドンのドックランド再開発、ニューヨークのバッテリーパークシティ、あるいはボルティモアのハーバー再開発等は、使いものにならなくなった古い港湾地区の再生事業です。


ニューヨークのバッテリーパークシティは、古い突堤型の埠頭何本分かの間を埋めてつくった土地の上につくられています。


これまでとまったく異なる土地利用でそこを魅力ある土地にしないかぎり、それらはこれからもそのまま放置されてしまう場所です。


そこでロンドン、ニューヨーク、ボルティモアといった港湾都市では、これらの膨大な使いものにならない港湾地区のごく一部分を、住宅地にしたり、オフィス街にしたり、観光地にしたり、いろいろと工夫をしてつくり替える努力をしています。


ウォーターフロント再生の優等生といわれるボルティモアでも、成功した再開発地区の隣には、その何倍かの打ち捨てられた埠頭地区や倉庫地帯が手をつけられないまま残されています。


それに対して日本の場合、特に東京湾のウォーターフロントが、今まったく使いものにならなくなっており、将来も再生の見通しのない土地であるかというとそうではありません。

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         <pubDate>Mon, 24 Jan 2011 10:45:38 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>都心が分散すると・・・</title>
         <description>業務機能をこのように分散させると、すべてのサラリーマンが通勤の点で楽になるかというとそうではありません。


たとえば市川から丸ノ内に通っていたサラリーマンにとっては、その勤め先が新宿にゆけば通勤時間はさらに30分延びることになります。


反対に立川から虎ノ門に通っていたサラリーマンが、その勤め先を幕張に移されれば通勤時間はさらに1時間増えることになります。


・・・したがって、事務所を分散させれば、少数ではあるかもしれませんが、一定量のサラリーマンは決定的に通勤時間で損をするということがおきる危険性があります。


理屈からいえばこのように事務所が分散すれば、勤め人はその居住地を山手線内部におけば、どの副都心や業務核都市にでもほぼ均等の時間でゆけることになります。


しかし、実体としては都心部に勤めるサラリーマンは、東京の西側の多摩や埼玉、神奈川に住んでいります。


西の方に勤め先を分散させれば大部分の人達は幸福になるという前提がこのような議論にはあるのです。


・・・ともあれ、将来、事務所分散が次第に本格化すれば、それに伴って、居住地を比較的頻繁に変えてゆくということもおきてくるでしょう。


ただし現状の受験地獄があるかぎりは、子供の転校を伴う居住地の移動を、母親がそう簡単に承諾するとも思われません。


そうなれば、父親だけが業務核都市のワンルームマンションに仮住まいするという光景も生じてくるでしょう。

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         <pubDate>Tue, 04 Jan 2011 10:44:22 +0900</pubDate>
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