虚構のシステム 2
1955年の10月に1週間のネットワークのショー844時間のうち、半分だけが自局のもので、あとはスポンサーに牛耳られました。
こうして番組のタイトルにはスポンサーの名がつき、その内容も広告主が決定するようになりました。
このため、視聴者に過度の興奮を引き起こしたり論争を招いたりする番組は、それだけ広告主のイメージを落としめたり、そのコマーシャル・メッセージを伝えそこなうことになるので、敬遠されるようになります。
したがって、毒にも薬にもならぬ番組が横行しがちとなります。
映画とちがって、テレビはスターはそれほど重要ではありません。
スターよりもスポンサーの売る商品が大切なのです。
コメディアンのグルーチョ・マルクスは、
「いまではスポンサーが糸をあやつり、わたしたちはあやつり人形なのだ。
ラジオやテレビのアナウンサーは嘘つきでなければつとまらない」
・・・とこぼしています。
あるたばこ会社の提供する番組では、「アメリカン」と「ラッキー」という言葉は禁句となっています。
・・・というのは、その会社の競争相手がアメリカンタバコ社であり、その製品が「ラッキー・ストライク」だからです。