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2010年11月 アーカイブ

女性上司のタイプについて

キャリアウーマンの第三世代は、流通業の一部などで先駆的なケースがありますが、全産業的には、まだこれからという状況にあります。


しかし今後は、大半の派遣 千葉の企業で「登場が必至」と予想することができるでしょう。


その「登場」のメカニズムからいって、第三世代の特徴は、とえあえず「均等法」型と見ていいでしょう。


わかりやすくいってしまえば、「特別に有能でなくても、男性社員と同等のキャリアを積めば、管理職に昇進させるのが当然」という論理から、まず係長・主任クラスへの登用が始まり、「女性の上司」になっていくのが第三世代なのです。


先駆的なケースは、百貨店における週休2日制の実施などから始まりました。


それまで百貨店の売場は、責任者が男性、部下の大半は女性という形でしたが、週休2日制実施により、週に1日は男性の責任者が不在になります。


本人が不在でも、社内の上下左右の連絡・納入業者との対応・アルバイト要員の指導監督など「管理業務」は必要である。そこで止むなく、ほとんどすべての売場に「女性のサブマネジャー」などを設けることになったのです。


この種の経験でわかったことの一つは、それまで男性責任者が独占していた「経営情報」を、女性のサブマネジャーにも伝えることで、女性社員のやる気は高まります。


そして、問題を処理するときの視野も相当に広がるという事実です。


たとえば「視野の狭さ」などは「女性に特有の性質」ではなく、十分な「経営情報」を与えられていなかったこと・・・。


つまり社会的なトレーニングの不足に主な原因があるのではないか、という問題点が考えられます。


遣唐船と鑑真和上

754年に帰国した遣唐船は、副使大伴古麻呂の男気で、60歳を越えた盲目の、天下の大僧正、鑑真和上をおつれしたということで名声を博しました。


それだけでなく、和上の弟子思託のメモを土台に、文章博士、淡海三船(721~785)が『唐大和上東征伝』(群書類従、巻六十九)をかきました。


この文中の「阿児奈波」は、元来この島が、和名の沖縄であることを立証しています。


歴史学者、東恩納寛惇は「沖縄列島を含む南島が大宰府の管轄であったことは、書紀、続紀、延喜式などに散見するところで」・・・とかいています。


沖縄史第一期を「南島統治の時代」とし、列島を纏めて南島とよび、管轄した大宰府は、「師の島々」「沖の島々」「先の島々」そのつきる所の島を「果ての島」(即ち波照間)と「命名」し云々とかいておられます。


沖縄島は沖の島々の首島で、即ち沖縄本島です。


わたしたちが沖縄ツアーなどで訪れる、あの沖縄です。


後に沖縄は薩摩藩の支配下におかれ、藩は鎖、国令から沖縄を外す必要から、沖縄に独立国・琉球のイメージを残しました。


琉球国存続を印象づける「江戸上り」(薩摩では琉人立と呼ぶ)などの差別宣伝によって、今も沖縄の内外に誤解がありますが、ここは太古から和名の沖縄なのです。


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