« 2010年07月 | メイン | 2010年09月 »

2010年08月 アーカイブ

海の資源をめぐって 4

この問題が解決するまでに、その後何年かかかりました。


問題は国内だけではありません。


トルーマンの声明から1か月後、メキシコは、アメリカの先例をふまえて、さらにもう1歩先に進むことを決めたのです。


その時発表された公布文によると、メキシコは、自国沿岸の大陸棚の管轄権だけではなく、そのスーパージェイセント、その上にある資源(法律用語で、その海域の魚介類をも含むという意味)まで含めた権利を要求しました。


この海域で漁をするアメリカ漁船は少なくなかったので、ワシントンとしてはこの決定を承認することはできず、なんとかメキシコ政府の意向を変えようと試みました。


しかし、もともとすべての事の発端を自らがつくり、自国の要望を通すために、新たなる「法律」までつくってしまった後で、アメリカが何をいっても、偽善者的にしか聞こえませんでした。


メキシコは、アメリカの要求を無視しました。


以後、メキシコの決定を侵したアメリカ船舶は、抑留され重い罰金を課せられました。


いずれにしろ、メキシコの要求はまもなく受け入れられました。


トルーマンの声明が、それまでの取り決めを改定するのに、またとないきっかけだと考えた南米諸国とカリブ海諸国は、海と海床に関する管轄権のみならず、統治権も含めて、範囲を沖合200マイルまで拡大し、結果として、その海域すべてを彼らの領海とすると言い始めます。


アルゼンチンが1946年、1年後にチリ、エクアドル、ペルーと続き、コスタリカが1948年に同様の要求を掲げ、1950年にエルサルバドルが続きました。

海の資源をめぐって 5

しだいにどこの国でも、そうした海事的要求が高まり、より広大な取り分を望むようになりました。


まもなく、誰が何を所有するべきなのかという問題で混乱が起こったのです。


アメリカ国務省の地質学者ウィットモァー・ボグスは、次のように認めざるを得ませんでした。


「沿岸洋に対する各国の要求が、これほどまでに多種多様で、しかも気まぐれであったことはない」。


この混乱は、さまざまな問題を生み出しました。


それまで長い間、各国の領海をその国のものではない船舶が航行する場合、「無害な航路」をとるのが原則であり、どの国もそれを了解していました。


それは他国の船舶は、領海の「国の平和、命令、安全を侵さない」かぎり、その航路を通行する権利があるということでした。


そのため潜水艦は、潜水しての航海は「無ことは考えられないため、浮上し、旗を掲げて航行することを要求されました。


米ソ両国とも自国または他国の領海内で、相手の潜水艦が突然浮上するのは望まないでしょう。

About

2010年08月にブログ「にゃんこ&散策」に投稿されたすべてのエントリです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2010年07月です。

次のアーカイブは2010年09月です。

他にも多くのエントリがあります。メインページアーカイブページも見てください。

管理人のお気に入り