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2010年04月 アーカイブ

通にはたまらない 2

東京美術学校騒動で都落ちした日本美術院の、五浦での生活は苦しいものであった。

大観や菱田春草などの朦朧派は画商もきらって寄りつかず、貧窮の生活だった。
しかし、五浦の海の風景やチャンポン(鉦鼓)のひびきは彼らをはげました。

鉦鼓とは、海岸のほこらに当たる波の音のことで、大観はその地を忘れまいとして客間にその名を付けた。
「大観は天才ではない。努力家だった」と、横山隆氏は言う。

「天才は菱田春草で、彼は二度と現れない才能の持ち主だった。春草が長生きしていてくれたら、ボクの絵はもっとうまくなっていただろう」
大観が口ぐせのように言っていた言葉である。

「大観は、朝は五時に起きて七時に朝食をとり、八時にはかならず二階の画室に入る。昼は食事に降りてくるだけで、夕方五時までは絵に専念していた」
隆氏は大観の孫に当たり、この記念館の常務理事である。

制作中はこの画室に何ぴとも入れなかった。
そして終生弟子をもたなかった。

通にはたまらない 3

二階の画室に上がって見ると、十畳と八畳ほどの和室で、窓が広く明るい。
眼前に桜の大樹が馨蒼大通りに面した武家屋敷風の門と葉を茂らせていて深山の趣がある。

ガラスケースに「四時山水」が展示されていた。
これは一九四七年、戦後の第三十二回院展に出品されたもので、そのとき大観は数え年八十歳であった。

年齢を感じさせない若さの溢れたこの図巻は、富士の雲海に春の太陽が輝き、冬の雪山に月が昇るまでの、京都周辺の四季が描かれている。

題字に「趁無窮」とあり、彼の人生観が描かれた感がある。

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